「地球茶番」はショー!陰謀論もすべては「お試し」という視点でぐんぐん高みへ

miacoramu

 
陰謀論がこの世の真実かもしれないなんて、ちょっと前の私は知らなかった。
政治も陰謀論もまったく興味がなかった。
自慢じゃないけど、そんなことに熱く語れる精神性は持ち合わせてないのだと。
そんな私が、たった1年足らずで猛烈にそっちの世界に導かれるように情報が集まり出し、気付けば出会う人出会う人に、草の根活動をするようになっていました(ピンと来た人だけね)。笑。
私はただ私の本質を知りたくて、自分にとって本当にワクワクすることだけを選び続け、違和感を感じることには意識的にフォーカスを外し続けてきただけです。
それは見て見ぬふりをするとも違って、なんというか「そういうことはあるでしょうけど、私の生きたい世界にはないんだよねー」という感じに。
「もっとこっちに行きたいからさ、私!」とそのつど車のナビを設定し直すように、世界の設定をリフレッシュする。
陰謀論といった手の情報に触れると、恐れをなすかまったく取り合わない人に分かれる気がします。
少なくとも恐れるということは、無意識でも「あぁ、知っちゃった」と真実に触れたことに気付いているのではないかと。
でね、一通りの流れを掴んだように思っていても、その恐ろしい陰謀論は日々進化してあの手この手で私たちを恐怖に誘導しようとしてきます。
 
でもある程度のところまできて思うわけです。
「もう、そこまでされたらどうしようもなくない?」と。苦笑。
そしてあるときふと思い至りました。
「この最悪のケースって、体を脱ぐ(地球では『死』)ってことでしょ。どのみち皆そうなるんだから、もがいても仕方なくない?」
そのとき、私はまた黒々と渦巻いている世界から、一歩距離を置けた気がします。
この大転換期にあって何も知らない、もしくは知ろうとしないのはもう今世は「それでよし」の魂じゃないかな。
調べればいくらでも情報はあるのだから。
今もはや表面レベルで起きていることが、お笑いなのかと思うほどなのに!これは何かのショーでしょうか。笑。
 
で、大切なのはどれだけ陰謀論や「世界の真実」とされることを知っているかじゃないんですよね。
だってどれがどこまで真実か、だなんて本当にはわかりえないのだから。
大切なのは、それらを知ったときに持っている自分のフィルターに気付くこと。
恐怖のフィルターで世界を見れば、恐怖を感じる世界を創造する。その逆もしかり。
これはもう言い尽くされたことだけど、これこそがシンプルな世界な仕組みな気がしています。
世界で起きていることを知ってしまうと、いかにも世界に向けて働きかけなきゃって思う気がするけどまったく逆じゃないかな。
外側で何が起きようとも、やっぱり向き合うのは自分自身。
そしてその「起きているように見える」できごとは、自分の軸が固まったかどうかを試すために自分で自分に課すお試し。
「自分」と思いにくければ、ハイアーセルフがと言っても同じこと。
これで本当の意味で動じなくなれば、晴れてお試しをパスし新たな世界が目の前に広がるのではないでしょうか。
 
目からウロコという表現があるけれど、今起きていることはまさにそれ!笑。
そしてウロコを落とすための外的要因が、ありがたくもどんどんメッセージをくれているのです。
陰謀論の全容を知るだけで目覚めるとは言い難いけど、そういう気付きを重ねていくことで、目覚めへのタイムラインに乗ることはあるでしょうね。
賢者やインフルエンサーと言われる人たちがどんな表現をしようと、やはりまずは自分の中の世界。
その中が違和感なく調和が取れていること、その純度をただコツコツ上げていくこと。そしてそれは毎瞬起こせる。
そんな風に自覚的に生きることはこんなに楽しく、可能性を感じることなのかとワクワクしています。
皆さんは今日、どんな世界を生きたいですか。
 
文:mia
 

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